活動
移動・移送の支援を考える

バス亭の設置
やったね!
地域内の移動に関する相談 in 蒲生地区
ラウンドテーブル移動チームで平成24年度より取り組んできたバス停の設置について、土地の所有者、バスの運営者、市の承諾を頂き、念願のバス停を市子殿に設置して頂きました(^^)
視覚に障がいがあっても、子供もお年寄りも、みんなが不安なく移動できる、そんな地域を目指していきたいと思います。

まちのわ会議
「高齢者の生活を豊かにする移動支援を考える」を題してまちのわ会議を開催しました。まちのわ会議とは、地域の中で実現したい夢や解決したい課題について話をする場です。今回は、2017年に開催した、高齢者の移動支援をテーマにしたまちのわ会議から時を経て、グレーだった法的な部分など変わったところや新たな課題について会場のみなさんと共有することになりました。

ラウンドテーブル運営委員会
東近江市ラウンドテーブル運営委員会は、市の市民協働推進委員が中心となり参加する有志の集まりです。
ファシリテーションや記録など、ラウンドテーブルの運営技術を高めながら、さらに試行を重ねています。
月1回の定例会では、東近江市らしいラウンドテーブルの仕組みを検討しています。
そこら2014年2月号
視力を失って、無限に広がった世界
扉を開けた瞬間、まぶしいような笑顔で出迎えてくださった築山さん。共に出迎えてくれたのは、大切なパートナーで10歳になる盲導犬のヴェルチュ。Virtueとは、「価値がある」という意味だそうです。
築山さんが視力を失ったのは今から9年前、37歳のときでした。小さい時から音楽やスポーツが好きで、看護学校の教員として働いていた築山さん。失明の宣告に立ち向かう力をくれたのは、手足の自由を失った詩人・星野富弘さんが綴った「なずな」という詩でした。『神様が たった 一度だけ この腕を 動かしてくださるとしたら 母の肩を たたかせてもらおう』(『風の旅』星野富弘著/立風書房より)
今できることに目を向け、昔から思い続けた「ひとを癒したい」という願い通り、失明した後も理学療法や手当療法士として、また歌やピアノ、フルートの演奏を通して、築山さんは多くの人を癒し続けてこられました。
現在は、講演会活動などで飛び回っておられ、アメリカや中国など世界中の人とお話しする機会も得られたとか。
「わたしは視力を失って8割のことができなくなった。でも、2割のことができる」。
視力を失った築山さんの前にあったのは、どこまでも博夫がる自由な世界でした。
東近江のおすすめの場所は?の質問に築山さんは困ったように笑って「わたしには境界線がないのよ」と答えてくださいました。そして、「もっとこうなったらいいのに、というものはありませんか?」とたずねると、「すべての人間が、相手の幸せを願えるようになってほしい。それにはまず、自分の素晴らしさを知ることが大切」と。
忘れてはいけない大切なことを、たくさん教えていただきました。
にじまち2017年9月号
視力を失って、無限に広がった世界
扉を開けた瞬間、まぶしいような笑顔で出迎えてくださった築山さん。共に出迎えてくれたのは、大切なパートナーで10歳になる盲導犬のヴェルチュ。Virtueとは、「価値がある」という意味だそうです。
築山さんが視力を失ったのは今から9年前、37歳のときでした。小さい時から音楽やスポーツが好きで、看護学校の教員として働いていた築山さん。失明の宣告に立ち向かう力をくれたのは、手足の自由を失った詩人・星野富弘さんが綴った「なずな」という詩でした。『神様が たった 一度だけ この腕を 動かしてくださるとしたら 母の肩を たたかせてもらおう』(『風の旅』星野富弘著/立風書房より)
今できることに目を向け、昔から思い続けた「ひとを癒したい」という願い通り、失明した後も理学療法や手当療法士として、また歌やピアノ、フルートの演奏を通して、築山さんは多くの人を癒し続けてこられました。
現在は、講演会活動などで飛び回っておられ、アメリカや中国など世界中の人とお話しする機会も得られたとか。
「わたしは視力を失って8割のことができなくなった。でも、2割のことができる」。
視力を失った築山さんの前にあったのは、どこまでも博夫がる自由な世界でした。
東近江のおすすめの場所は?の質問に築山さんは困ったように笑って「わたしには境界線がないのよ」と答えてくださいました。そして、「もっとこうなったらいいのに、というものはありませんか?」とたずねると、「すべての人間が、相手の幸せを願えるようになってほしい。それにはまず、自分の素晴らしさを知ることが大切」と。
忘れてはいけない大切なことを、たくさん教えていただきました。
にじまち2018年3月号
フラダンスを始めたのは見学に誘われて行ったのがきっかけです。20代はエアロビックス、30代は子育て、40代からフラダンスをはじめました。みんなで踊るのが、元々好きだったんだと思います。でも目が見えないので、先輩が手や足をもって教えてくれています。足の動きはフラダンスの言葉で決まった型があるので手は触って振りを教えてもらってくれています。
私は学校で子ども達に「やりたいことは なんでもやれるよ」「好きなことは続けたらいいよ」を伝えるために講演活動をしています。そのときに目の見えない私でもこうやってフラダンスができるということを伝えるため、踊ったりしています。
月3回の練習日で、夜のクラスなので、仕事が終わってから参加しています。文化祭や発表会では新曲を教えてもらい、これまで22曲くらい教わりました。他の曜日のクラスは、21歳から最高齢は84歳とバラエティに富んだメンバーが踊っています。慰問に行って、行く先々で喜んでもらっています。一人ではなく、みんなで踊るから楽しいのだと思います。
DUET(デュエット)2013年4月号
盲導犬ユーザーからのメッセージ
ヴェルチュが広げる出会い
盲導犬協会で盲導犬との体験歩行をさせていただいた時に、「わあ! 楽しい! 面白い!!」と感じました。わくわくと心が躍るイメージです。学生時代は陸上部だったので、もともと「早く歩きたい」という思いがあったこともあり、盲導犬ユーザーとなりました。パートナーのヴェルチュとは、色々なところへ一緒に出掛けます。ディズニーランドや、神戸の異人館にも行きました。ヴェルチュと一緒だと、周りの方がいっぱい話しかけてきてくれます。「何歳ですか?」、「盲導犬ですよね?」・・・・・・そこから話題が広がります。電車などで4人掛けの椅子に座っていると、降りる頃には周りの人がみんな友達になっていたりします。盲導犬を持つとこんな風に出会いが広がるのだなと感じています。
人の輪を広げたいという思い
目が見えていれば簡単にできることも、目が見えなくなるとできなくなる事があります。例えば、葉書や名刺を読むことです。視覚障害者センターに行けば読んでもらうことができますが、家からは遠く、家まで来てくれる音訳ボランティアがあったらいいなあと思っていました。視覚障がいをもつと、外出するのは大変だったりします。また、人と会って話をする中から楽しみを見つけ、人の輪を広げて欲しいという思いがあります。そこで、視覚障がい者の自宅へ音訳ボランティアが訪問し、「対面朗読」をしてくれる協力者を募りました。まず、ボランティアの皆様には、私を相手に、本を読む練習、写真を読む練習、手紙を読む練習、名刺を読む練習をしていただきました。そして、去年から視覚障がい者の自宅へ音訳ボランティアが行き、視覚障がい者の方が希望する本や手紙を、対面で読んでもらうようになりました。去年12月には、音訳ボランティアのメンバーと初めてクリスマス会をやりました。そこで、ある視覚障がい者の方から「実は以前から対面朗読をやってもらいたいと思っていた。でもやって欲しいという声が出せなかった」と言っていただけた時は本当に涙がでるぐらい嬉しかったです。自分の思いを伝えて良かったと心から思いました。ボランティアの皆様も、私たちと会うと「元気をもらった」、「勇気をもらえた」と話してくれます。私自身、目が見えていた頃、看護士や理学療法士の免許を取り、誰かの役に立ちたいと思っていました。人は皆、お互いに支え合っていると日々感じています。